「痕跡」を消さない、ということ

古い本を仕入れるようになってから、わずか2年と少しの経験ながら、この間、少なからぬ「痕跡本」を見て来ました。
「痕跡本」というのは岐阜は犬山のインディーズ古書店、「五っ葉文庫」の店主の考案された言葉で、先の持ち主の「読書の記録」がある本のことです。
僕が見て来たのは、
古いしおりが挟まった本、
四葉のクローバーが挟まった本、
蝶そのもの(!)が挟まった蝶の本、
そして、鉛筆での書き込みがされた本、などなど・・・

さて、この最後の「鉛筆での書き込みを消すべきか、いなか」ということ。
栞。クローバー、蝶・・・これはそのままにしておきました。

そして今回、鉛筆でかなりの書き込みのあった本が入って来ました。
初めての消し込み作業。消しゴムはStaedtlerの"SOFT"というものを使いました。

とあるお客様にそのことをお話ししたところ、「今後は消さないでください。」。

あらためて考えてみました。
「痕跡」を消す、ということは「新たな痕跡」を残すこと。
「読者」(お客様)ではない本屋が「新たな痕跡」を残すべきではないのではないか。
本屋は伝わったものをそのまま伝え、それを消すかいなかはお客様にご判断いただく・・・
それが本屋の役割でもあるのではないか、と思えたのです。
そういう本屋があっても良いのではないのか・・・

古い図鑑の中には、時折、「目撃記録」が鉛筆で書き込まれていることがあります。
かつて仕入れたイギリスのトンボの本の中には、そのトンボをどこで見た、どこで採集した、などまさにその本と一体になったかつての「読者」の経験が古い筆跡で書き込まれていました。
その地方では今でもそのトンボは生息しているのでしょうか?
すっかり様子が変わり、トンボは消えてしまっているのでしょうか?

あらためて胡蝶書坊では「そのままをお伝えする」ことにしよう、と考えた朝でした。

「写真」をやめることにしました。

と、何やら物騒なタイトルですが、取扱い分野のことです。
「写真」という分野を設け、写真集を販売していたのですが、これを10日に閉鎖することにしました。

この分野、本当の意味で写真を理解していない者が、流行りを追うために取扱っていたような罪悪感がありました。
一方で、従来より時々ご紹介していたドイツのインゼル文庫(Insel Bücherei)を常に在庫しておきたい、
という思いがとても強くて、こちらはとても愛着のある本たちなので、できればシリーズとしてご覧頂きたい、
と思い、来週、月曜日(1月10日)、その下準備にとりかかります。

このインゼル文庫は、特に1930年代に発行されたグラビア印刷の挿絵が非常に美しく、
また上質な紙とその印刷の相性が実に良く、この良さをもっと広く、お客様に知っていただきたいのです。

自然誌に関連するものは、今までほとんどご紹介して来ているのですが、
もう一度、ここで一通りを揃えお目にかける予定です。ご紹介は1月下旬を予定しています。

なお、「写真」に現在陳列している商品は明日土曜日、価格を下げて「胡蝶書展」に入れる予定です。

コーヒー豆の思い出

つい最近までコーヒーは近所の頂好(ディンハオ)で既に豆が挽いてある真空パックを買っていた。
ところが、ある日、相棒が板橋(バンチャオ)の会社の近くに自家焙煎の美味しいコーヒーショップがある、
と言ってそこのを買って来てくれた。
家にはグラインダーがなかったから、最近デザインが随分洗練されてきた台湾製のグラインダーも買った。
もちろん手動の。

そうして飲みたい時に、自分で豆を挽くようになってから思い出したことがある。
真空パックのやつではそうならないのだが、ペーパーフィルターを敷いた挽きたてのコーヒーに湯を注ぐと、
豆がぐっと盛り上がって来る。
「あれ、僕とこではそういうふうに盛り上がりませんよ。」
「え?そうですか?」
「あれかなー、挽きたてやないとあかんのですかね?」
三年前の夏、京都の寺町の小さなビルの二階でそんな会話を交わした。
寺町姉小路のブックカフェ黒猫堂。
店主の高橋さんとの会話。
彼女は美味しいビールの入れ方も心得ていて、僕が喉が渇いた夏の日にすぐにグラスをとろうとすると、
「あ!!ちょっと待ってください。」
と言って、グラスに注がれたビールが落ち着くのを待つように促してくれた。
高橋さん、生きてたら、絶対Twitterはまってはるわ。
だったら楽しかったろうな、とせんないことを未だにに思う。
コメントを見ることはできなくなりましたが、今も残る、彼女のブログは下記から。
http://bookshopkuronekodo.blog107.fc2.com/

冬になると

冬らしい本を一冊手元に置いておきたくて、雪の結晶の写真がたくさん載った本をかつての職場に注文した。
台北で降る雪を見ることはない。
かつては陽明山にも霰が舞う瞬間があるほど冷え込んだ日があったそうだが、
雪に触れたり、歩いたりした感覚はもうからだが忘れかかっている。
一昨年の11月、そしてその前の前の11月も相棒と二人で雪と温泉を目当てに北海道を旅した。
11月の北海道はシーズンオフであるのか、旅館やホテルも安く、客も少ない。
生まれて初めて本当の雪を見、雪の降っている中に佇んだ相棒の表情。
キーンと冴えた空気。
その時の光景を思い浮かべると、心がささくれている時でも、すぐに自分をリセットできる。
一昨年、函館ではかつての銀行を改装したホテルニューハコダテというところに一泊した。
「洒落たホテル」とはとても言えないけれど、カウンターの女性がとても気持ち良かった。
相棒が雪かきというものを知らないので、カウンターのNさんに頼んで、少しやらせてもらう。
言葉が通じない同士のNさんと相棒が笑っていた。
先日、急にいつかまたあのホテルにと思い立った。
でもブックマークしておいたホームページはすでに存在していなかった。
今年の1月に閉鎖されたことを人々のブログで知る。
来年、また二人で北の国を旅したい。
小樽の銭湯は月曜日が休みだ、ということも覚えておこう。

近日入荷予定の古書から

台北のとあるカフェで非常にお洒落な50代の男性を見かけて、おおっ!すばらしいセンス!と思うも、一瞬の後には彼がそのすきのない全身の装いのためにつむじからつま先までとがらせているあろう神経と鏡を前にするであろう時間を思いやると、なんだか、ぐったりとしてしまった秋の午後。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか?お洒落というのはもっと人の心をなごませるものであるほうがいいなあ、と思ったのは、少し疲れていたせいかもしれません。こういう時には甘いもの。京都に遊びにいった台北の友人が買って来てくれた阿闍梨餅を楽しみにすることにします。

さて、えいやっ!と思い切って発注した本の中身を仕入先より入手した写真によりご紹介します。シャルル・オーベルテュール (1845-1925)の「比較鱗翅類学研究」(原書名より拙訳)Vol.11(1916年)から美しい手彩色リトグラフ図版。

図鑑の図版のカラー印刷はすでにクロモリトグラフ(多色刷り石版画、となりましょうか?)が主流であった時代。その時代にあえて手彩色という手間のかかる方法が採用されたのは、おそらく印刷工房の息子であったオーベルテュールの美学的な選択ではなかったか、と思います。それだけに発行部数は限られていた様子。全23巻の「比較鱗翅類学研究」(1904-1925)の中でも、このVol.11(1916)はエキゾチックな中南米のウラモジタテハなど秀逸な図版を数多く含んだもの。10月半ば入荷の予定です。

Beautiful hand-coloured lithographed plates from Vol. 11 of "Études de lépidoptérologie comparée" by Charles Oberthür (1845-1925), published in 1916.



残暑お見舞い申し上げます。

宣伝です。
台北での小さな展示のご案内。
9月26日(日)まで、台北市内、臺北人Cafeにて三人の合同展示を行っています。
場所は下の手描きの地図をご覧下さい。
古裂と古本と古い装飾品・・・
「古」という言葉は共通してはいるものの、無理矢理共通のテーマは設定せず、
各自が自由に展示していますので、お気軽にどうぞ。
胡蝶書坊はInsel文庫とそのオマージュであるKing Penguin Booksを展示即売しています。
横12.00cm、縦18.00cmという小さな本の中に閉じ込められたミクロコスモス。
ちょっと昔の印刷物が、しかも豪華な本ではなく数多くの読者を想定した文庫本が、
意外にも現代の印刷物よりはるかに美しいものを作っていたこと・・・
そんなことを感じて頂ければ、と思います。

暑中お見舞い申し上げます。

朝、相棒のバイクのうしろに跨がって台北県烏來(ウーライ)へ向かう。
山道で後ろ足一本無くした母犬が子犬三匹に乳をやってるのを見かける。
バイクをとめて母犬の前でしゃがみ込み、
朝食用にファミリーマートで買ったサンドイッチを取り出すとあっというまに平らげてしまった。
その間も真っ黒な子犬どもは乳にしゃぶりついてる。
手を出しても子犬は警戒してなかなか近づかない。
母犬はよっぽど腹がすいていたのか、もっとないのかという顔をしてる。
立ち上がってバイクにもどり、両掌を見せて「没有了!」
(もうないよ、台湾の犬にはやはり中国語で話しかけてしまう・・・)
というと、ようやく諦めた顔をした。

沢に着く。
バーベキューする人たちであたりの空気が汚れて行く前に、
乾いた岩の上に荷物を置き、
水着に着替えて澄んで冷たい沢の水にからだを浸す。
大きな渕があり、ちょうど肩が少し出るくらい。
やがて珍しく子供たちだけで遊びに来た男の子四人組と同じ渕を分け合う。
年長の子が小さな子をおぶって深みに入って行く。
彼らが足の届きそうにないところへ行こうとすると、僕らは注意を促した。
岸辺の石にはカワトンボが二種類。

いつのまにか、大人になってから、こういうところで僕は「眺める人」だったなぁ、と思う。
今はふたたび服を脱いで、沢に入って、遊ぶ人になった。
カメラを落とさないように川上と川下に向けて1枚ずつ撮った。
(上の写真、橋の上におじさんがいます。心霊写真ではありません。ほんとにいました。)

暑中お見舞い申し上げます。
次の土曜日は立秋です。

メモ:
見かけたカワトンボ二種類は、
Matrona cyanoptera(和名不明。こちらでは「白痣珈蟌」)
Euphaea formosa(ナカハグロトンボ、こちらでは「短腹幽蟌」)
台湾ではイトトンボ、カワトンボの類を「豆娘」と呼ぶことを今、図鑑で知りました。

聴き取れた蝉の声は、
Cryptotympana holsti(タイワンクマゼミ
ちょっとミンミンゼミを思わせる、一匹が谷に響くような声で鳴いていました。
台北市内で盛んに鳴いているのはCryptotympana takasagona(タカサゴクマゼミ)だそうな。
(参考:陳振祥著「臺灣賞蟬圖鑑」天下文化 2007年)

8月2日追記:
見かけた蝶のうちほんの一部
Papilio memnon heronus(ナガサキアゲハ
Graphium cloanthus kuge(タイワンタイマイ
Graphium doson postianus(ミカドアゲハ)
Graphium sarpedon connectens(アオスジアゲハ)
Hebomoia glaucippe formosana(ツマベニチョウ