寒の戻り。雨。

バスを待っていると僕の名前を日本語で呼ぶ声がきこえた。
日本語の読み方を知っている人は限られている。
人恋しさのあまりの空耳だろうか?と思いつつも、きょろきょろするとバス専用路線のひとつむこうの車線のタクシーの窓が開いて、かつて、ほんの短い間、ともに同じ夢に生きた人が手を振っていた。
もう何年ぶりだろう。5年、10年?
これから病院だという。
セラピーを受けに行くんだ、という。
バスの車線ひとつを隔てながら、お互い大きな声で短い会話をする。
鬱病を煩ってもう随分になると思う。
彼から「鬱病と診断された」と聞いた時、まわりの誰も本気にしなかった。
他人のことを人一倍心配するくせに、ずっと自分の心の状態に苦しんでいるんだとあらためて気づく。
信号が変わった。
なつかしい笑顔のままタクシーの窓が閉まる。
あんな大きな声で呼んでくれたことが、とてもうれしかった。
もう少しうまいこと生きていって欲しい。
もう少し楽に生きていって欲しい。
明日、電話してみよう、と思う。