「痕跡」を消さない、ということ

古い本を仕入れるようになってから、わずか2年と少しの経験ながら、この間、少なからぬ「痕跡本」を見て来ました。
「痕跡本」というのは岐阜は犬山のインディーズ古書店、「五っ葉文庫」の店主の考案された言葉で、先の持ち主の「読書の記録」がある本のことです。
僕が見て来たのは、
古いしおりが挟まった本、
四葉のクローバーが挟まった本、
蝶そのもの(!)が挟まった蝶の本、
そして、鉛筆での書き込みがされた本、などなど・・・

さて、この最後の「鉛筆での書き込みを消すべきか、いなか」ということ。
栞。クローバー、蝶・・・これはそのままにしておきました。

そして今回、鉛筆でかなりの書き込みのあった本が入って来ました。
初めての消し込み作業。消しゴムはStaedtlerの"SOFT"というものを使いました。

とあるお客様にそのことをお話ししたところ、「今後は消さないでください。」。

あらためて考えてみました。
「痕跡」を消す、ということは「新たな痕跡」を残すこと。
「読者」(お客様)ではない本屋が「新たな痕跡」を残すべきではないのではないか。
本屋は伝わったものをそのまま伝え、それを消すかいなかはお客様にご判断いただく・・・
それが本屋の役割でもあるのではないか、と思えたのです。
そういう本屋があっても良いのではないのか・・・

古い図鑑の中には、時折、「目撃記録」が鉛筆で書き込まれていることがあります。
かつて仕入れたイギリスのトンボの本の中には、そのトンボをどこで見た、どこで採集した、などまさにその本と一体になったかつての「読者」の経験が古い筆跡で書き込まれていました。
その地方では今でもそのトンボは生息しているのでしょうか?
すっかり様子が変わり、トンボは消えてしまっているのでしょうか?

あらためて胡蝶書坊では「そのままをお伝えする」ことにしよう、と考えた朝でした。