長旅の後遺症

長旅から帰って日常生活に復帰するまでにやや切ない時間が流れることがありますが、うむ、今回は少々重症。
おそらく台北のここのところの天気が肌寒くどんよりと曇っているのと、今は一人で仕事をしているせいでしょうね。
会社勤めをしていた折は、旅を終えても、事務所のスタッフとの愚痴り合いや本社からのおしかりのメールへの言い訳返信やらで、その気持ちの切ない部分がまぎれていたんです、多分。
ズドンと切なさの直球を受けるのも、まあ人生の醍醐味と言いましょうか。


冬になると台北は鉛色の空が続きます。
台北に来て最初の冬、まさに「過年」(旧正月)の休みの一週間が毎日冷たく激しく降る雨で、さすがにあれには参りました。
いつもは宵っ張りの台北の町が、車も無く、開いているのはコンビニばかり、聞こえて来るのは雨音ばかり、妙に滅入ってしまったのを覚えています。


北海道から持ち帰ったエゾマツの球果と葉、それから白樺の実をジャムの空き瓶につめて相棒に渡しました。
二人で海に行けば貝殻を拾い、山に入ると木の実や松ぼっくりを拾います。なので、旅行カバンに「松ぼっくりがはいるくらいの空の容器」は必需品。旅から戻ると拾った場所と日付を書いた紙切れといっしょにガラスの瓶に入れておきます。
先日は京都で余りにも松ぼっくりが美しいかたちをしていたので、枝についていたヤツをついつい失敬してしまいましたが、これは邪道。良い子は真似てはいけません。


倉敷の古書店蟲文庫の店主、田中美穂女史が自著「苔とあるく」(WAVE出版)の中で、
「・・・コケに限らず、何気なく拾った石や貝殻に、ちょこっとメモを残しておくと、あとで取り出して眺めた時、自分でも驚くほど、それを拾った時の感覚や景色がよみがえってくるもの。これは写真に勝るところがあるような気がします。」と書かれていますが、まさにその通りです。


いつか、これらの木の実や貝殻がプルーストのマドレーヌのようになることを少しばかり期待して・・・


いい具合に腹が減って来ました。さて、食事に出て、今日は次回の更新のための解説文を書き上げます。