雪山

雪山は美しい山でした。

台北という亜熱帯の町から、次第に海抜をかせぐに従って、温帯、亜寒帯、寒帯へと植物の様相が変化していくのも実に面白く、台湾の平地ではほとんど目にすることのない針葉樹林の美しさは格別でした。
頂上直下の巨大なカール、眼下に見下ろす山並み、満天にまたたく星。


それから小さな生き物たち・・・ふもとでまるで「駄蝶」のごとくあちこちに飛んでいた保育類(法律で捕獲を禁止されている生き物、天然記念物に相当)のアケボノアゲハ (Atrophaneura horishana)、一泊目の山小屋、七卡山荘の庭を寒空の中、ほのかに光りながら飛んでいた小さなホタル・・・盛夏に行けばきっと電灯に様々な珍しい昆虫が集まって来るであろうことが想像できました。


それから手に触れることのできた植物や菌類・・・緑の絨毯をなす苔、針葉樹の枝にからまるいく種類もの地衣類(なぜ平地には少ないのでしょう?)、実をつぶしてにおいを嗅ぐと本当にジンの香りがしたネズ(多分)の樹、五葉松の大きな松ぼっくり・・・


ほぼ12時間を歩いた2日目は、からだはばてばて、実に久しぶりに海抜3000m以上の高山に立ったため、所謂「高山病」の諸症状 -眠気、頭痛、吐き気、などなどに見舞われ写真を撮る余裕もなく、先頭について行くので精一杯でしたが、いざ、降りてみると、また別の季節にぜひ行ってみたい、と思うのです。今度はもう少し余裕のある日程で、いや、体力をつけて余裕を「作る」方が大事かも知れません。


国家公園(日本の国立公園に相当)ですので、動植物の採取は禁止。記憶が鮮明なうちに、出会った生き物たちの名前を調べておきたい、と思います。


嬉しかったのは、最初に珍しいものや美しいものを見つけた人がそれを他の人に分かち合おうとする瞬間瞬間でした。山小屋で夕食を待つ間、星空がきれいだ、と外へ誘い出してくれたり、そっと手のひらを開き、つかまえた一匹のホタルをみんなに見せに来たり・・・・

自分の頭の中の固定観念が覆されるのも、楽しい瞬間でした。たとえば、「ホタルは夏の水辺にいる生き物だ。」という思い込みや、何となく想像していた亜熱帯の森林の連続のごとき「台湾の山」のイメージが目の前の事実によって一瞬にしてくずれていくのは爽快な感覚でした。


山を下りたところで、バスの運転手さんが新鮮なミカンを一人一つずつ準備してくれていたのも実に嬉しかったです。山行を終えたばかり人が何を一番欲しがっているか -新鮮な果物- をきちんと理解してくれているからできること。ふもとの農場のリンゴもついつい買ってしまったのでした。


これほど謙虚な気持ちで一歩一歩を踏みしめたのも実に久しぶりの山行でした。