台北のバス

台北の町を人並みに(台北人並に)にバスで移動できるようになったのは、割と最近のことだ。昔はどのバスに乗って良いのかわからずに、路線が単純でわかりやすいMRTの「最寄りの」駅で降り、そこから汗だくになって目的地まで歩く、あるいはひどい時にはタクシーに乗ってしまう、という具合だった。


乗り始めると、バスは実に便利で快適、乗客同士の何気ないやりとりなんかも、ちょっと「関西的」で面白い。


僕が好きなのは204号のバス。かつて住んでいた建国花市あたりから、夏は毎日のように通う青年公園のプールまで、日本では小龍包の「鼎泰豊」とマンゴーのかき氷で有名な永康街を横切り、中正紀念堂台北賓館、総統府、麗正門(南門)、公売局、建国中学、植物園、と古跡の横を通っていく。夏の日、乗客の少ない時間帯に乗ると、ちょっとした小旅行だ。


それから今、気に入っているのは、仁愛路を通るバス。國父紀念館前で乗車。菩提樹(日本ではインドボダイジュと呼ばれている釈迦がその下で悟りを開いたというあの木だ。)、帝王椰子、樟(クス)の大木、と沿線を街路樹を楽しみながら行く。特に緑濃い樟の並木を通るのは爽快だ。


車内で時々、大きな声で携帯電話をかけるおばさんに出くわすこともある。先頭の席に陣取ってバスの「運将」(うんちゃん)にべらべらと話しかけるおじさんもいる。たしかにうるさい。ただこんなこともある。おそらく台北に遊びにやってきた人たちだろう、「えっとここは文昌街?」と車外の道路標識を腰をかがめてさがしながら、自信なさげに誰に言うともなく、つぶやいている。すると近くにいた人が「ここは通化街」と少し大きな声で言う。言われた人は「ありがとう」と言いはしないのだが、その声を頼りにバスを降りて行く。道を教えた人も別に「ありがとう」を期待する風でもなく、ふたたび自分の世界に戻って行く。


こういう光景を見ると、ほっとする。親切、というとちょっと違う。台北の人にとってはごくごく当たり前の他人への関心なのだ、と思う。


日本へ旅行したことのある台湾人が口々に言うのは、「日本の町は清潔だ。」ということだ。「乾淨」という形容詞をよく使う。台北に来たばかりの頃、MRTの車窓から見える景色を台湾の友人がやや申し訳なさそうに「台湾の町はきたいないでしょ?」と言った。たしかにおせじにも台北の町は「きれい」とは言えない。きちんと整備されていないアスファルト、我勝ちに張り出した看板、汚れるにまかせたビルの外壁、建物ごとに高さが異なる歩道、ころがる犬の糞.......けれどこの町にいると「多分、今ここで何かが起こっても、きっと通りすがりの誰かが助けてくれる」という安心感はある。


多分、星野博美氏が「銭湯の神様」で香港に対して持っているのと同じような信頼感を僕は台北の町に持っている、と思う。


本日、何点か商品が入荷しました。明日より更新の準備にかかります。お楽しみに。